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横浜地方裁判所 昭和60年(ワ)1704号 判決 1987年11月12日

原告 甲野四郎

右訴訟代理人弁護士 山内忠吉

被告 甲野一郎

右訴訟代理人弁護士 廣井陽一

被告 甲野二郎

主文

一  原告と被告甲野一郎との間において、別紙物件目録三記載の土地のうち別紙図面のニ、ホ、ヘ、ト'、チ'、リ'、ヌ、ル'、ネ、ツ、カ'、レ'、ソ、ハ'及びニの各点を順次直線で結んだ範囲内の部分について原告が通行権を有することを確認する。

二  原告と被告甲野二郎との間において、別紙物件目録二記載の土地のうち別紙図面のイ、ロ'、ハ'、ニ及びイの各点を順次直線で結んだ範囲内の部分について原告が通行権を有することを確認する。

三  原告のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用はこれを二分し、その一を原告、その余を被告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  原告と被告甲野一郎との間において、別紙物件目録三記載の土地のうち別紙図面のニ、ホ、ヘ、ト、チ、リ、ヌ、ル、ヲ、ワ、カ、ヨ、タ、レ、ハ及びニの各点を順次直線で結んだ範囲内の部分について原告が通行権を有することを確認する。

2  原告と被告甲野二郎との間において別紙物件目録二記載の土地のうち別紙図面イ、ロ、ハ、ニ及びイの各点を順次直線で結んだ範囲内の部分について原告が通行権を有することを確認する。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

二  請求の趣旨に対する被告らの答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、別紙物件目録一記載の土地(以下「原告土地」という。)を所有し、同地上の建物に居住している。原告土地の東側には被告甲野二郎(以下「被告二郎」という。)所有の別紙物件目録二記載の土地(以下「被告二郎土地」という。)が隣接し、さらにその東側に被告甲野一郎(以下「被告一郎」という。)所有の別紙物件目録三記載の土地(以下「被告一郎土地」という。)が隣接し、右三筆の土地の北側は崖になっていて、その上に公道がある。公道は東から西へ向けて上り坂となっている。以上の概況は別紙図面に記載のとおりである。

2  原告は、昭和四〇年一一月四日、被告らとの間で、被告一郎土地のうちの請求の趣旨1記載部分(以下「本件係争部分(1)」という。)及び被告二郎土地のうちの請求の趣旨2記載部分(以下「本件係争部分(2)」という。)について原告に通行権がある旨を合意した。

その経緯は次のとおりである。

(一) 別紙物件目録一ないし三記載の土地は、もとは一筆の横浜市《省略》二九番三〇宅地二四〇・二〇坪(以下「旧二九番三〇の土地」という。)であり、原告らの父である甲野太郎(以下「亡太郎」という。)がこれを所有していた。

(二) 亡太郎は昭和二二年一〇月一三日に死亡し、次いで同人の妻が昭和四〇年二月に死亡したため、原告及び被告らが旧二九番三〇の土地を相続により取得し、同年一一月四日遺産分割によりこれを分筆の上前記1のとおり所有するところとなった。

(三) 右分割に伴い原告が取得した原告土地は、高さ三・四メートルないし四メートルの崖上にある約二七平方メートルの土地部分と崖下の平地部分にある約一三〇平方メートルの土地部分とに分離され、崖上の部分は公路に接するが崖下の平地は崖を経由しなければ公路に接しない。

(四) ところで、本件係争部分(1)及び本件係争部分(2)には、右(一)の遺産分割前から、旧二九番三〇の土地上にあった亡太郎所有の居宅に出入りするために私道が設けられていた。

また、原告は、右遺産分割前から、後に遺産分割により原告土地となった旧二九番三〇の土地部分に木造トタン葺平家建面積約一七平方メートルの工場を建てて自動車修理業を営んでいたが、右私道は右工場への自動車搬入路としても使われていた。

(五) したがって、右(二)の分割協議にあたっては原告取得地が袋地となることは明瞭であったから、本件係争部分(1)及び(2)上に遺産分割前から存在していた右私道につき原告に自動車及び人の通行権を認めることが当然の前提とされていた。

(六) このように、原告及び被告ら間で、遺産分割協議のなされた昭和四〇年一一月四日、原告のために本件係争部分(1)及び(2)について通行権を設定することについて黙示の合意がなされた。

3  仮に以上の通行権が認められないとしても、原告土地は、右のとおり崖を通らなければ公道に達することができないのであるから、民法二一〇条二項の準袋地に該当する。

なお、原告土地のうち崖上にある部分は現在平坦になっていて、その部分と空間を鉄骨に支えられて宙に浮いた部分との上に、オートバイ販売用のプレハブ仮設店舗が設置されているが、右平坦部も元々は崖の一部であったものであり、原告土地は全体として準袋地に該当する。

そして、囲繞地たる被告一郎土地及び被告二郎土地のうちその位置及び経緯等からして、原告土地のために通行を許容する際に最も損害の少ないのは本件係争部分(1)及び(2)である。したがって、原告は、本件係争部分(1)及び(2)の土地につき民法二一〇条二項による囲繞地通行権を有する。

4  また、原告は、右のとおり昭和四一年一月一日より昭和五〇年一二月末日迄の一〇年間本件係争部分(1)及び(2)に通行権があるものと信じ、平穏且つ公然とこれを行使していたものであるから、民法一六三条により右期間経過により通行権を時効取得した。

原告は、昭和六〇年一二月四日の本件第三回口頭弁論期日において右時効を援用した。

5  ところが、被告一郎は本件係争部分(1)の土地について、同二郎は本件係争部分(2)の土地について、原告が通行権を有することを争う。

6  よって、原告は、被告一郎に対し本件係争部分(1)の土地について、同二郎に対し本件係争部分(2)の土地について、各通行権を有することの確認を求める。

二  請求原因に対する認否及び主張

1  被告一郎

(一) 請求原因1の事実は認める。

(二) 同2冒頭の事実は否認する。

(三) 同2(一)ないし(三)の事実は認める。但し、被告一郎は、亡太郎から三男三郎と母の世話をすることを依頼され旧二九番三〇の土地の贈与を受けていたもので、右土地全部が同被告に帰属するものであった。しかし、被告一郎は、旧二九番三〇の土地を全部自己が独占しては良くないと考え、三人の兄弟が実際に使用していた現況に従い、亡太郎の遺産分割の形式をもって右土地を別紙物件目録一ないし三記載の土地のとおり三筆に分けて、三名に分配したものである。

(四) 同2(四)の事実は否認する。遺産分割当時の本件係争部分(1)及び(2)内には物置が設置されており、人一人通れる程度の空地が通路として利用されていたにすぎない。また原告が自動車修理業を始めたのは遺産分割後である。

(五) 同2(五)、(六)の事実は否認する。本件係争部分(1)、(2)には、遺産分割前には人が一人位通れる程度の空地があっただけであるが、原告が遺産分割の前後に被告らに無断で被告らの構築物や物置、建物の一部を取り毀して勝手に右空地を拡幅してしまったのである。右から明らかなとおり、遺産分割において本件係争部分(1)、(2)の通行権が暗黙のうちに合意されたことはない。

(六) 同3の主張は否認ないし争う。

原告土地のうちの約二〇数平方メートルは崖の上にある平坦地で公路に接している。したがって、この平坦地を適切に使用すれば、原告土地のうちの崖下の平坦地から崖上の公路に出入りすることは可能である。元来、本件のような崖下の平坦地が準袋地に該当するか否かは、崖上の平地部分との一体的利用を前提とした上でそのための工事方法や費用を考慮し、かつ、仮に右土地が準袋地であるとしてそのための通路に供されることになった場合の囲繞地の価格の犠牲を袋地の利便と比較して決定すべきであるところ、本件係争部分(1)及び(2)の土地の価格が坪当たり一〇〇万円を超えること及び原告土地のうち崖下部分から崖上平坦地に通じる建築方法も十分可能であることを考えれば、原告土地は準袋地に該当するものではなく、被告一郎土地が原告の身勝手な原告土地の利用の犠牲に供されることは許されるべきではない。

原告は、現在原告土地のうちの崖上平坦地をことさらにオートバイの修理販売用の営業用地として使用し、崖下平坦地に新築した建物の入口を崖上平坦地に造ることをあえて避けているが、このような見せかけの状態を前提にして袋地というべきではない。

(七) 同4の主張は否認ないし争う。原告は通路としての形態を作出してはおらず、空地を反射的に利用していただけにすぎない。また、原告が軽自動車を本件係争部分(1)及び(2)の土地上に運行させたことはあるが、それは極めて稀であり、かつ、被告らは原告の暴言と恐ろしさのためにこれに対し口をつぐまざるを得なかったものであり、原告の通行を認めていたものではない。

しかも、前述のとおり、原告は、本件係争部分(1)及び(2)上にあった物置等を無断でこわしたりしており、原告の利用は悪意であるから、一〇年で時効は完成しない。

(八) 同5の事実は認める。

(九) 仮に原告に何らかの通行権が認められるとしても、その範囲は、本件係争部分(1)及び(2)の全部ではなく、そのうちの北寄りの幅員一メートルの部分(別紙図面のイ、ニ、ホ、ヘ、ト'、チ'、リ'、ヌ、ル'、ネ、ツ、カ'、レ'、ソ、ハ'、ロ'及びイの各点を順次直線で結んだ範囲内の部分)に限られるべきである。

2  被告二郎

(一) 請求原因1の事実は認める。

(二) 同2冒頭の事実は否認する。

(三) 同2(一)ないし(三)の事実は認める。

(四) 同2(四)ないし(六)の事実は認める。但し原告主張の私道は、使用貸借として人の歩行だけを認められたものであり、車輌の通行まで認められたものではない。また、原告が自動車修理工場を建てたのは昭和四〇年一一月の遺産分割協議後のことである。

(五) 同3の主張は争う。原告土地は崖面より公道に必要に応じて出入りできるのであり、準袋地ではない。

(六) 同4の主張は争う。

(七) 同5の事実は認める。

第三証拠《省略》

理由

一  当事者等

原告らは兄弟であり、その父である亡太郎が所有していた旧二九番三〇の土地を昭和四〇年一一月四日に遺産分割により三筆に分筆し、原告が西側の原告土地を、被告二郎がその東側の被告二郎土地を、そして被告一郎がそのさらに東側の被告一郎土地を取得したこと、右三筆の土地の北側には別紙図面のとおり東から西にかけて上り勾配となっている公道があり、東側の被告一郎土地の東端では右公道との間に高低差はないが、西に向かう程右公道との高低差が大きくなり、原告土地の北西端付近では公道が約四メートル、原告土地の北東端付近では公道が約三・四メートルも高くなり、公道から原告土地へは崖状に下がっていること、以上の事実は当事者間に争いがない。

二  通行権設定合意の有無

原告は、本件係争部分(1)及び(2)について黙示的に通行権(その趣旨は、通行地役権と解される。)が成立した旨を主張する。以下、まずこの点を検討する。

1  原告土地と周囲への出入性については、原告と被告一郎との間では成立に争いがなく、被告二郎との関係では《証拠省略》によれば、原告土地は北寄り部分が前述のとおり崖になっていて、これを上って公道に出るか、又は東隣する被告二郎土地及びさらにこれに東隣する被告一郎土地を通るかのいずれかの方法によらない限り、公道に出入りすることができないことが認められる。

2  次に、遺産分割前の旧二九番三〇の土地の利用状況についてみるに、《証拠省略》によれば、旧二九番三〇の土地にはかつて一棟の建物(以下「旧宅」という。)が建てられており、亡太郎、その妻花子、長男の被告一郎、次男被告二郎、三男の甲野三郎及び四男の原告が居住していたこと、右建物敷地たる旧二九番三〇の土地の北寄りの崖下の部分には東西にかけて排水溝があり、これと旧宅北端の軒下との距離は約一・七メートルであったこと、右排水溝に沿って敷石が敷かれ、右家族はこの敷石部分(以下「旧通路」という。)を通って北東部の門から東西方向に上り勾配で旧二九番三〇の土地と長さ約四〇メートル程接する公道へ行き来していたこと、本件係争部分(1)及び(2)は概ね旧通路に重なること、が認められる。

3  そして、遺産分割時の状況についてみるに、《証拠省略》によれば、亡太郎は昭和二二年一〇月に死亡し、三郎は昭和三七年三月に、原告らの母は昭和四〇年二月に死亡したこと、被告一郎はその前の昭和二七年に結婚したが、旧宅に引き続き住んだこと、旧宅は内部を三等分し、西寄りを原告、中央部を被告二郎、東寄りを被告一郎が利用していたところ、遺産分割に際しても旧宅の利用関係に変更は加えられなかったこと、但し、敷地たる旧二九番三〇の土地は、三分され、被告一郎土地が最も大きく四六一平方メートル、その次が原告で一九八平方メートル(但し、崖下の平坦部だけでは約一三〇平方メートルで被告二郎のそれより少なくなる。)、そして被告二郎が一七四平方メートルであったこと、右土地の遺産分割に際しては、長男の被告一郎が旧二九番三〇の土地を右のように区分して配分する案を原告と被告二郎に示したところ、原告(当時三七歳ころ)はそれまで旧宅とは別に生活していた期間が長かったこと等も手伝い、また被告二郎は長男の意見に従うということから、格別の異論もなく提案どおりに定まったこと、そして、旧通路の利用については格別の話合いが持たれなかったこと、以上の各事実が認められる。

被告一郎は、右は形の上では遺産分割であるが、実際には被告一郎が旧二九番三〇の土地全部の贈与を受け、これを道義上被告二郎と原告に配分した旨を主張する。しかし、これを認めるに足りる説得力のある証拠はない。したがって、三名の取得した土地の位置、面積は、遺産分割の結果長男たる被告一郎に有利なものに決められたといわざるを得ない。

4  そして、遺産分割後の本件係争部分(1)及び(2)付近の利用状況についてみるに、《証拠省略》によれば、原告が遺産分割の前後ころに旧通路部分にあった物置をこわしその廃材を利用する等して旧宅の西側に簡易な小屋を建てて自動車の修理業を開始したこと、被告一郎は昭和四四年に旧宅のうちの自己占有部分をとりこわして被告一郎土地上に住宅を新築したこと、原告と被告二郎とは遺産分割から約一九年間は残された旧宅に共に居住したが、昭和五九年に原告が原告土地に、昭和六一年に被告二郎が被告二郎土地に住宅を新築したこと、右三名の各新建物の北端ないし物置の北端は旧宅の北端と同一であり、大部分が崖下の排水溝まで約一・七メートルの位置にあること、旧通路は依然として被告一郎はもとより原告及び被告二郎らの利用に供されていること、原告は昭和四九年以前に原告土地のうちの崖上の公道沿い部分のわずかな土地を平坦にして簡易な店舗を建て、また昭和五三年一一月には右敷地の延長上の空間を鉄骨で支えることにより床面積を拡大した店舗にし、崖下の平坦地からほぼ垂直に近い形で右店舗に階段を取りつけているが、当初は崖下の平坦部で自動車の修理工場を経営していたこともあって、度々軽自動車を旧通路上に走らせていたこと、以上の各事実が認められる。

5  右1のとおり、原告土地は公道への出入りが困難であり、右2、4のとおり遺産分割の前後を通じて本件係争部分(1)及び(2)に概ね一致する旧通路が原告及び被告二郎によって長期間現実に利用されてきた事実がある。そして、右3のとおり遺産分割時には本件係争部分(1)及び(2)の利用について被告らから積極的にこれを禁止したい旨の意思の表明は全くなかったものである。また右3のとおりの遺産分割による三名の取得土地の位置及び大きさが被告一郎に最も有利なことからすると、原告及び被告二郎が本件係争部分(1)及び(2)を通路として利用できないものとすれば、三者の不公平は一層増大するのに対し、反対に右の利用が可能であることを前提とすると三者の優劣差が減少する関係にあるわけである。このような諸事情から原告及び被告らの内心の意思を推認すると、右三名は遺産分割時に概ね旧通路のあった部分にそのまま少なくとも原告のために通行地役権を認める旨を黙示的に合意したものということができる。

被告らは、原告に付与された通行の利益はせいぜい使用貸借にとどまるもので通行権を許容したものではない旨を主張するが、前記の諸事情に照らし採用できない。また、被告一郎主張のとおり、旧通路付近にあった物置が遺産分割前に被告らに無断で原告によってこわされ、原告が自動車修理業を開始したのが遺産分割後であったとしても、右認定の諸事情に照らすと、遺産分割時に黙示的に本件係争部分(1)及び(2)に通行地役権が設定されたとの判断を左右するものではない。そして、他に右認定の黙示的な通行地役権の合意の成立の事実を左右するに足りる証拠はない。

6  そこで次に、この通行地役権の内容ないし範囲であるが、前認定のとおり、旧宅の場合も現在の三棟の建物の場合にも、崖下の排水溝から南に約一・七メートルの距離に軒下があるところ、過去の通路としての利用の仕方が自動車等によって恒常的に右一・七メートルの幅員を一杯に利用するということではなく、原告土地から公道へ達するための人の通行路を確保することに主眼があったこと等に照らすと、人の通行に支障のない範囲で通行地役権が設定されたものと解すべきであり、この人の通行に支障のない範囲としては、過去の利用の位置に照らし、概ね排水溝から幅員一メートルの部分すなわち被告一郎も仮定的に是認する別紙図面記載のイ、ニ、ホ、ヘ、ト'、チ'、リ'、ヌ、ル'、ネ、ツ、カ'、レ'、ソ、ハ'、ロ'及びイの各点を順次直線で結んだ範囲内の部分と解するのが合理的である。

原告は、遺産分割前から旧二九番三〇の土地の西寄りで自動車の修理業を営み、そのための自動車通行を前提として本件係争部分(1)及び(2)の通路としての利用が遺産分割時に合意された旨を主張するが、これを認めるに足りる的確な証拠はない。もっとも、前認定のとおり原告が一時期旧通路に自動車を通行させていた事実があるが、旧通路の大部分の幅員が一・七メートルであるためその通行は徐行しながらであったと推認され、また《証拠省略》によれば、原告は、オートバイの販売修理業に転職してからは、家の新築等特別の場合以外は自動車を旧通路に通行させていないことが認められる。したがって、通行地役権の内容及び範囲を定めるのに自動車の通行を前提とするのは相当でなく、他に前記のとおり幅員一メートルの通行権の範囲に係る認定を左右するに足りる証拠はない。

三  通行地役権の時効取得の成否

次に、右二認定の範囲を超える土地部分について通行地役権の時効取得が成立するかを判断するに、地役権は一般の時効取得の要件のほかに継続かつ表現のものという要件を満たす場合に時効によりこれを取得できる(民法二八三条)ところ、通行地役権において右「継続」の要件を満たすためには例えば要役地たるべき土地の所有者によって道路の開設がなされること等が必要であると解すべきである。しかし、本件にあっては前認定のとおり原告が通路を開設したわけではなく、継続性、表現性の要件の充足に欠けるところがあるといわざるを得ない。また、仮に通行地役権の時効取得の成立が考えられるとしても、前記二で認められる通行地役権の範囲を超え、自動車の通行を可能とするような範囲の土地部分までの地役権については、前述のとおり原告による自動車通行の非継続性が明らかであるから、時効の成立を認めることはできない。

四  囲繞地通行権の成否

さらに原告主張の民法二一〇条による法定囲繞地通行権により自動車の通行権が認められないかが問題となる。まず、ある土地が民法二一〇条二項後段にいう「崖岸アリテ土地ト公路ト著シキ高低ヲ為ストキ」に該当するかどうかは、当該土地の位置、形状、公路に至るための階段又はスロープ設置工事の難易度、費用、当該工事により当該土地が土地利用の面でこうむる影響その他諸般の事情をしんしゃくして、社会通念に従ってこれを決するほかないものである。ところで、本件にあっては、前認定のとおり、原告土地は、公道との高低差が三・四メートルないし約四メートルで公道と接する部分の長さが一〇メートル余り(《証拠省略》により認められる。)ある崖状の土地をその北寄りに含み、その余は崖下の平坦地となっているところ、右程度の高低差であれば相応の出費を伴う工事により平坦部分から公道へ出入りするための階段を建設することが不可能ではないと推認することができる。したがって、原告土地は民法二一〇条二項にいういわゆる準袋地に該当するということはできない。したがって囲繞地通行権も成立しないといわざるを得ない。

もっとも、本件においては前述のとおり遺産分割前から本件係争部分(1)及び(2)が通路として利用されていたところ、遺産分割により兄弟である原告ら三名によって家屋敷が三分され、その際従前の通行が前提とされていたこと等の諸事情を前述の「社会通念」として考慮した上、約四メートルの高さに及ぶ崖岸にもかかわらずスロープ設置の可能性をもって準袋地であることを否定することこそ社会通念上認められないとの考えを採用することができるかもしれない。しかし、仮にそうであるとしても、この場合の囲繞地通行権の内容として自動車の通行を前提とした幅員までを認めるべきか否かについて検討するに、原告土地に自動車の通行まで認める必要性はそれ程高くないことは前述のとおりであり、他方自動車通行を可能ならしめる内容の囲繞地通行権が認められることにより囲繞地の所有者たる被告らが強いられる犠牲が少なくないことを考えると、右範囲までの通行権はこれを否定するのが相当である。したがって二で認定した通行地役権の範囲を超えて囲繞地通行権が認められるものではない。

五  結語

以上によれば、原告の本訴請求は、被告一郎に対しては別紙図面ニ、ホ、ヘ、ト'、チ'、リ'、ヌ、ル'、ネ、ツ、カ'、レ'、ソ、ハ'及びニの各点を順次直線で結んだ範囲内の部分について通行権の確認を求める限度で、同二郎に対しては同図面イ、ロ'、ハ'、ニ及びイの各点を順次直線で結んだ範囲内の部分について通行権の確認を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 岡光民雄)

<以下省略>

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